電撃ドットコム > 電撃オンライン > 『ガンパレード・マーチ』ノベライズ最新刊発売記念スペシャル!



「……その生徒はとっても器用で、閉鎖された整備学校の旧校舎に忍び込んで開かずのトビラを無理矢理開けたのね。けど、その部屋には布で覆われた大鏡がぽつんとあるきり。埃だらけの窓から、微かに月の光が射し込んでいる。その生徒は後悔したわ。ここにはきっと何かがいる。けれど日頃から目立とう精神旺盛な生徒は、目をつぶって布をはぎとったの。すると……」
 原の声がいっそう低くなった。すでに陽は暮れて、整備テントに冷たい風が吹き込んできた。
 居残りで機体の調整をしていた厚志、舞らパイロットたちは、「日頃、一生懸命働いているあなたたちのために、今日はためになるお話をしてあげる」と原のデスクに呼び出され、真剣な表情で原の話に聞き入っていた。
「わっ……!」。不意に原が声を張り上げると、厚志の腕がぐいと引っ張られた。「ひっ」。厚志も声をあげて相手をおそるおそる見た。……なんと厚志の腕にすがりついていたのは舞だった。滝川と壬生屋は青ざめた表情で原を見つめるばかりだ。
「鏡の中からお下げ髪の女生徒がニヤリとその生徒に笑いかけたの。大鏡に映っていたのは、三十年前、イジメを苦にして自殺した長岡友子という生徒だったの。友子ちゃんの姿を見た生徒は、その後、少しづつ痩せ細って、病気になって死んだそうよ。『わかったよ、わかったから、もう俺の前に出てこないでくれよ』っていうのが最期の言葉だったそうよ。イジメられっ子で孤独な友子ちゃんは死んでもずっと友達を探していたのね」
話し終えると、原はにっこりと笑った。厚志の視界の隅に、機体を整備しながら笑いをかみ殺している整備員たちが映った。
「さて、お話はこれでおしまい。どう、面白かったでしょ?」
原は澄ました顔で言うと、「あら」と目をしばたたいた。
「芝村さん、どうしたの? あ、わかった。必殺ワザ・ぶりっ子を覚えたってわけね」
舞は厚志の腕にしがみついたまま、真っ青な顔で震えていた。「む、むむ……」。舞は気力を振り絞ると、きっと厚志をにらみつけた。
「厚志よ、その手を離せ」
「え……掴んでいるのは舞……わ、わかった」
厚志が硬直した舞の指を一本一本はがすと、「む」と舞はうなずいた。舞はしばらく呼吸を整えていたかと思うと、今度は原をにらみつけた。
「……ためになる話だと? なんの根拠もない非科学的な、り、流言飛語の類ではないか! 隊員の志気をそぐこと著しい。そなたにはリーダーとしての自覚が欠けている!」
舞はいっきにまくしたてた。普段よりずいぶん早口になっている。しかし原はデスクに頬杖をついたまま、「ふうん」と好奇心を露わにして舞を見つめた。
「整備学校の定番の七不思議だけど、そんなにこわかった?」
こわかった、と冷やかされて舞の頬が紅潮した。
「そんなわけなかろう! わたしはそなたの馬鹿話にあきれ、怒っているだけだ」
「舞、もういいから。原さん……話し上手ですよね。感心しちゃいました」
厚志は割り込むように、原ににこやかに笑いかけた。ほほほ、と原が笑い声をあげた。
「実はこの話には続きがあってね。……芝村さん、あなたには刺激が強すぎるから席をはずした方がいいわよ」
「原さん、もう勘弁して……」厚志はなんとか原の口を封じようとした。
「ふむ。そなたは哀れな女よの。まだかような馬鹿話を続けて、自らの知性を貶める気か?」
舞の目が挑戦的に光った。くくく……どこからか整備員の含み笑いが洩れ聞こえた。
「続き、聞きたいっす! 原さんの怪談話、面白いっすよ」と滝川。
「ええ、わたくしも。実はそういう話、大好きなんです」壬生屋も微笑んで言った。
「じゃあ、続きを話してあげるわ。この話はね、整備学校の七不思議の中でも話すことが禁じられているの」
「どうしてっすか?」滝川の目が無邪気に輝いた。
「話を聞いた人間は三日以内に、他の誰かに話さないと大変なことになる。自分の名前を聞きつけた友子ちゃんが、話を聞いた人間につきまとうのよ。今、話を聞いている人は四人だから、友子ちゃんは気に入った誰かに取り憑くことになるわね。あ、整備の子たちはだめね。これ、終わっているから。だから他の誰かに話さないと」

憤然として整備テントを出た舞を、厚志は追った。すでに薄闇は忍び寄っている。
「あの馬鹿女をなんとかせんと! 戦意高揚どころか足を引っ張るだけだ。なーにが友子ちゃんだ! 意地悪極め無知性女め!」
「舞、背中……」厚志が声をかけると、舞ははっとして振り向いた。
「油染みがひどいね。すぐにクリーニングに」
 言いかけたとたん、拳が飛んできた。厚志が辛うじて避けると、舞は舌打ちをした。
「よっ、おふたりさん、仲良く喧嘩ってところかな?」
 柔らかな声がして、指揮車から瀬戸口と東原が姿を現した。舞は拳を気まずげにほどく。
「む。なんでもないのだ」舞は平静を装って言ったが、声に怒りの余韻が残っていた。
「舞ちゃん、おこっているの?」東原が跳ねるように、舞の前に立った。背伸びをして、手を伸ばすと、舞の頬にそっと触れた。
「こまったことがあったらはなして。ののみ、やくにたつのよ」
「……東原。折り入って話がある」
舞は静かに言うと、東原を連れて校舎裏の隅へとともなった。厚志がため息をつくと、瀬戸口は肩をすくめた。
ほどなく東原が戻ってきて、瀬戸口に報告した。
「ねえねえ、舞ちゃんが、こんやはうちにとまらぬか、だって! ののみ、舞ちゃんち、とまってみたいな!」
「わけがわからんが、ヨーコさんに連絡しないとな」
瀬戸口が首を傾げると、東原は「うん!」と元気よく返事をした。

「それはまことか? 嘘をつくとためにならぬぞ!」
 帰宅するなり、舞はとある機関に電話をして、整備学校の調査を依頼した。要は三十年前に果たしてそのような事件があったか、である。無責任な風聞、噂話の類には、しっかりとした事実調査に基づいた証拠を突きつけてやればことは済む、と考えた。
しかし、一時間後にもたらされた報告は、確かに長岡友子という女生徒が整備実習中に事故死を遂げた、という事実だった。自殺と事故死は異なるが、その人物が実在していたことが舞にはショックだった。ほどなくファックスで、CG処理で鮮明になった写真が送られてきた。内気そうな眼鏡の少女。整備班の田辺に似ているが、彼女と違って暗い印象を受ける。これはまさにイジメられそうな顔だ、と舞は思った。
実は、原の話がこわくてたまらなかった。科学を極めれば極めるほど、霊魂の存在を否定することはできなくなる。むろん肯定もしないが、なぜ宇宙あるいはこの世界が存在するのか、そんな問題と同一に思われるからだ。
 残留思念、都市伝説等々、単語がせわしなく舞の脳裏を飛び交った。確かに都市、学校、病院など、人が集まるところには伝説が生まれやすい。……などと分析しつつも、実は「友子ちゃん」がこわくてならなかった。
考えていると袖を引っ張られた。舞のだぶだぶの「ペンギンさん」パジャマを着た東原が心配そうに見上げている。
「あー、妙なことを聞くようだが、東原は幽霊を信じるか?」
「ゆうれい? うん、きっといるのよ!」東原が嬉しげに応えると、舞はさっと青ざめた。
どうしよう? 本当にいたら。仮に隕石に当たって死ぬぐらいの確率に過ぎぬとしても、幽霊が存在する可能性はゼロではないだろう。寒気を感じて、舞は咳払いをした。
「よし、就寝前にぷ、プロレスごっこをやってやろう」
「うん!」東原はうなずくと、舞に突進した。

(C)Ryosuke Sakaki(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.
『ガンパレード・マーチ』は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの登録商標です。